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ひなたぱんと写心

ひなたぱんと切っても切り離せないもの。それが「写心」です。

 

一眼レフを持って「心が動いた瞬間に撮ってみなよ」そんな風に言ってくれたのが、人柄写心家丸山嘉嗣さんです。一眼レフで撮った写真に、私がパンやお料理をしているときに感じている命の輝き、きらきらひかるつぶつぶの世界が写っているのをみた時の感動を今も鮮やかに覚えています。あの時、確実に私の人生が動いた。そう思います。

私が酵母菌とパンを作ったり、お野菜たちとお料理をするときに感じる命の躍動が、一眼レフなら映る。その時はそう思ったのですよね。でもね、写心を学んできて、今の私の感じていることは、「心で撮るから」ってことなんです。

この「心で撮る」ってね、すごいことなんだよ。どうやったら言葉で今これを読んでくださっているあなたに渡せるだろう。私が学んできて感じることをこれから言葉にしてみます。拙いかもしれません。でもどうか読んでみて。そして、これってとても生意気な記事だと思ってます。師匠の写心を語るわけですから・・・汗  でもね、私の感じていることを今日は書いてみるよ。ひなたぱんを形作る大事な要素、写心の部分について。

 

写心の素敵なところ

 

感じたままに表現していいんだよ!

自由に、感じたままに、表現して良い!!!

 

この言葉が私の人生のブレイクスルーを起こしたと思っています。間違ったらいけない、正しく伝えなきゃいけないって、いつからだったかすごく強く思い込んでいたから。自分の感じていることにどこか自信がなかったし、お腹の底から声を出すことが苦手だったし、人と違う意見を言うことなどありえなかったです。

 

正解も間違いもない世界。感じたままにシャッターを切って、編集をして表現していい。私のみている世界はこんなに美しいのだよ、って表現できる。その自由を感じた時の歓喜、身体中の全細胞が目覚めた!って感じでしたよ。

感じる心の温度が上がる

写心って心の機微、心の微妙な動きを写すもの。心の現れであるあなたの存在を写すもの。そんな風に感じています。記録とか証拠写真ではないから、心が感じたままに表現するものなのですって。

そうするとね、ファインダー越しに、見える世界のどこに心が動くのか、何に反応してシャッターを切りたいって思うのか、五感総動員で感じ取リ始めます。私の全てを使って表現しようって思いが走りだすんだよね。素敵なところ、大好きなところを探していて、心の温度が上がらないではいられないでしょう?

自分の好きがくっきりはっきりしてくる

自分がどんなときに反応してシャッターを切っているのか、そんなことを俯瞰してみてみると、自分が好きなもの、こと、人、状態、空気がわかってきます。

「何が好きなのかわからないんです」って相談を受けることがしばしばあるけれど、そんな人はカメラ持ってみたら良いなあって思います。一眼レフでなくても、スマホカメラでも。

 

お昼ご飯を食べたときに、なんとなくみんなが撮っているから撮る、とか旅先で名所に行ったからとりあえず撮っておくとかは、きっぱりやめて 笑

心が動いたときにだけ撮る3ヶ月とかやってみたら良いと思う。そしたら、あなたが何に心が動いて、そのもののどこがどんな風に好きなのか、魅力を感じるのか、くっきりしてきます。

 

何が好きだかわからない・・・なんて言えなくなっちゃいますよ。

 

世界の美しさを知り、親しみがます

カメラを持ってお散歩に出かけると、なかなか目的地にたどり着かないと言う現象が起きます。笑  なぜか?歩く道々に素敵なものが次から次から現れるからです。心が動く瞬間が連続していて、100メーター進むのに、何時間もかかっちゃう・・・と言うことは割とよくある話。

それだけ、カメラを持って素敵なものを探すってことが自然に染み込んできています。世界の美しさにため息をついたり、「ありがとう」って呟いたり、涙がポロリとこぼれたり。大げさに言っているわけではなく、私の体験の話をしているんですね。道端のお花の一つ一つの愛らしさとか、草の生命力とか、新芽の瑞々しさとか、苔たちのミクロの精緻な世界に畏敬の念を抱く。そこにずっとあったのに、何度も通っていた道なのに、初めて気づくのね。知っているつもりで知らなかった世界に出会うって感じかな。

 

世界はこんなに驚きに満ちていたのか!世界はこんなに美しかったのか!ってきっと思ってしまうよ。心がどんどん柔らかくみずみずしくなっていく。

 

逆にカメラを持ってお散歩に出て、何も写真撮りたいって思えない時って、心がちょっといっぱいいっぱいの状態。心が動かないって、硬くなっているとき。シャッター切らなくなったら、深呼吸しよって思うバロメーターにもなっています。

私の大好きな世界を分かち合える、優しさの分かち合いが日常になる

こんな素敵な景色に出会ったよ、とか、こんなに可愛らしいスイーツに出会ったよ、とか、こんなに美しいお料理に出会ったよ、とか。心が動いた瞬間を物理的に一緒にいなくても、写心を送ったり見せ合うことで分かち合うことができます。

それってとてもとても豊かなことだよねえって思います。こんな素敵な世界があったよって伝えようとするって、「優しさ」のコミュニケーションそのものでしょう?

誰かにこんな素敵な一瞬があったんだよって伝えるすべがあるって、本当に素敵なことだなって思います。私はそれをお料理や草花の中に感じることが多いから、私の写真はそんなものたちでいっぱいです。

 

「私たちの生きている世界って愛そのものだね。美しいね。」そんな思いを込めて。

そして、そんな思いを込めて、ブログに写真を載せています💛

撮る、撮られるの積み重ねで、客観的に自分を観れるようになる。その先の世界へ。

写真を撮ったり撮られたりしていると、妙な謙遜とか、歪んだ自己卑下とか、自分の作った枠(思い込み)剥がれていきます。

私の目で外の世界を見る、同時に客観的な視点で自分を見る。これがだんだんほんのすこーーーしずつ出来てくる。この視点が自分の中に少しずつ育まれていることに、写真に出会って1年半経った今、感じることができています。

 

この視点のダウンロードはね、プライスレスなんですよーーーーー!それは写真を撮るってことと撮られるってことがセットで、生まれ育まれてきたのだろうなって思います。それから、その過程で起こったことから目を逸らさなかったから。

表現するって命の発露 諦めないで表現し続けること

命にとって表現するって本能的な欲求なのではないのかな。特に人間にとっては。パッションが湧き上がってそれを表現するって命の顕れだなあっていつも思うのです。ロジカルに説明できないのが悔しいけれど、すんごく尊いって思います。誰かのコピーではなく、あなたの、私の命の発露はそれだけでもうすごい尊いでしょ。だから表現しようよーって思います。恥ずかしがっている場合ではないよ。

写心に出会って、私の世界はうんとカラフルに、命のつぶつぶたちがくるくるきゃっきゃと螺旋でダンスしているみたいに躍動するようになりました。

好きな世界がはっきりして、何にこんなに胸が熱くなるのかがくっきりして、その素晴らしき世界を拙いながらも誰かに届けられることができるようになりました。

写心に出会えてよかったなあって心から思います。私に写心を教えてくれた丸山先生が写心入門講座をされますよ♪よかったら参加してみてくださいね。

 

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