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楽しくて健やかな菌達 楽健寺酵母

楽健寺酵母に出会って13年目。彼らとコミュニケーションをとりながら一歩一歩歩んできたひなたぱん。人生の様々なシーンを彼らとともに過ごしてきました。12年を一巡りとしたら、私と楽健寺酵母のコンビは今、2巡り目に入ったのかな。コンビ名が「ひなたぱん」。

酵母菌に出会ってくれた方々が、酵母菌の素晴らしさを感じてくださるのはとっても嬉しいことなのだけど、「崇拝する」とか、「祀り上げる」とか、「彼らが上で私たちが下」みたいな関係はなんだかヘンテコな感じがするのね。

 

そしてその関係は菌への遠慮という形で現れたり、正しくいないといけない、間違ったらいけないっていう緊張を生んでいるようなそんな気配がある。「命」という視点で彼らへの尊敬と敬愛はつきません。尊敬と信頼と笑いそれが私と菌の間にはあります。今日は彼らの性格について、私が感受していることをお伝えするね。

 

楽健寺酵母の性格(ひなたぱんの視点)

小さいけれど(目に見えないくらい小さい彼ら!)力持ち。

小さな小さな彼らの体が肉眼で見えたらいいのに!って何度思ったでしょう 笑  残念ながら今の私の目の感度では彼らの個体識別ができません。菌達はとてもとても小さい。目に見えないレベルなので、そこにいない、存在していないように感じるかもしれないけれど、この地球上に彼らのいないところなどありませぬ。

 

見えないけれどある。

そしてそして、見えないけれどある、彼らはとても力持ちです。「醗酵」というプロセスで彼らが見せてくれる力持ち自慢にいつも私は苦笑してしまうのです。

 

タッパーのふた・・・簡単に開けれます!なんなら本気出したら冷蔵庫のドアだって開けれます!(このエピソードは何度かブログにも書いたかな、確か。菌達がワクワクしすぎて、楽しく盛り上がっていると、ドアだって開けれます。過去三回夜中に冷蔵庫の開く音で起こされています  笑)

 

とってもお茶目💛

お茶目って死語?でもそれ以上にぴったりくる言葉がわかりません 笑  笑いが大好き。関西だから?なのかな。なんせ笑かしにきますよ。眉間にしわを寄せていると、決まって彼らはお茶目なことを私に仕掛けてきます。「ぶーーーっ」って吹き出しながら涙出るほど笑って、その時の私にとっての大問題を彼らと乗り越えてきたのでした。

そんなに大変なことじゃないよって、肩の力抜いてくれる、笑わせてくれる関西のノリのある可愛い子達。

 

命にまっすぐ

自分たちの命を生きることに全力を尽くしています。得意なことを精一杯花開かせています。遠慮しません。菌にだって得意不得意があって、不得意を伸ばすために努力とかしません。ただただ自分の命、自分の得意、自分のできることにまっすぐです。そして、自分の命が全うされると潔く他の命(他の菌)に場を譲ります。菌達の世界は命に本当にまっすぐでとてもかっこいいんだよ。

奇跡みたいな子の命を余すところなく生き切っているって感じます。

 

とにかく丈夫

とにかくとにかく丈夫です。だからそんなに気を遣わなくて大丈夫です。彼らは全力で両腕を広げてみんなが飛び込んできてくれるのを待っています。だから、恐る恐る、おっかなびっくり彼らに触れないで大丈夫。飛び込んだら良いよね♪

 

おっかなびっくり恐る恐る触れるのじゃなくて、興味、関心を持って、「仲良くなりたい💛」の気持ちで彼らのこと観察することから始めてみて。

正しさより楽しさ。

菌達に何度も何ども笑わせてもらっているうちにやっとやっと受け取れるようになったこと。それが「正しさ」より「楽しさ」ってこと。正しくあろう、間違えないでいよう、そうやっている時って、健やかな状態ではなくて、硬くて空気もピリピリしてて居心地が悪い。その居心地の悪さは私が感じるように菌達も感じています。

 

「適度な緊張感とリラックス、真剣だけど遊びがある。」そんな状態で菌達といると、彼らのパフォーマンスは最高に上がります。丸パンでいうと転がっていきそうな球体のようなパンが焼き上がる。

命って「正しい」ことより「楽しい」にフォーカスしている方が生き生きする。そんな当たり前のことが私はずっとずっとわからなかったのです。菌達はあの手この手でそのことを私に教えてくれたんだよね。

 

日本人はとかく真面目な民族で、正しくあろう、とする人が多いように思います。正解が欲しい人も多い。でもその正しいの基準って何?世界基準?そんなことはないはずで、自分の中に知らないうちに築きあげてしまった正しさ基準なんじゃないかな。

 

緊張なく健やかな状態って「楽しい」ことに没頭している時なのではないかな。そんなことを思います。そういう状態でいると、素敵なパンが焼き上がる。楽しいな♪ってパン生地触ってると、菌達の活性が高まる。そうすると私ももっと楽しくなる。って感じでそのパンの中には「楽しい」が満ち満ちたパンになるのね。食べた人はなんか楽しくなったり、悩んでたことが「ま、いっか。」って思えるようになったりするんだろうね。

楽しく健やかでいると楽しく健やかになれるパンになる。

楽健寺酵母って楽しく健やかって書くでしょ💛そういうことだよねって思います。しかめっ面して、間違わないでおこう!ってやるのもおかしいし、「すごいパン焼きたい」って力んでやるのもおかしい。

 

パン焼きって菌達と素材のみんなと心を合わせてみんなの得意を持ち合ってする遊びだと思います。そこにはお互いの命への尊敬と敬愛があっての遊びね。

 

だから、真剣に遊ぼう♪楽しいことを一つ一つ重ねていこう♪それはつまり、命をいつくしむってことなのではないかな。

 

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